(1)伝わらないものに価値はない
何と言って売ればいいのか
どんなに素晴らしい戦略を作っても、それがお客様に伝わらなければ全く意味がありません。
お客様に伝わった時、初めて戦略が効果を発揮します。
効果のあるマーケティングには戦略とメッセージ、考え方と伝え方の両方が必要で、両者が繋がっている条件があります。
戦略とメッセージの整合性が、お客様に伝えるのにとても重要なのです。
Sailing message(売り文句)はBASiCSの中でも顧客に直接触れる部分なので、特に重要といえます。
長野県・黒姫温泉にある某温泉宿に、こんな説明文があります。
「1200m以上の高山に生息する森の王様「ブナ」の木。そのブナの木が、黒姫山に降り注ぐ雪や雨水を吸い上げ、そしてまた山に戻し、数百年にわたって染み込んだ地下水を汲み上げた神秘の水でございます。弱アルカリ性でお肌に優しく不思議な効力を併せ持つ「ブナの浸水」をごゆるりとお楽しみ下さいませ」
ポイントは、「この情報を読む前と読む後では、温泉は全く変わらない」ということです。
モノは同じなのに、情報を伝えたことで温泉の価値が上がったのです。
宿の方にとっては、ブナの浸水の温泉であること、その価値が高いものであることは当たり前かもしれません。
しかし、顧客が知らないのであれば伝えるたけでも価値が上がるのです。
コミュニケーションの要素は、戦略上極めて重要です。
なぜなら、差別化は顧客の頭の中で行われるからです。
魅力的な殺し文句を作る
Sailing messageは売り文句ですが、「殺し文句」であることも重要です。
それを言えば、ニーズのある人は欲しがるからです。
(2)Sailing messageは顧客ターゲットに影響する
本当に必要なのは顧客の理解
「何と言えば売れるのか?」は、Sailing message(売り文句)の本質ですが、顧客を本当に理解していないとできないことです。
「何をお客様が欲しがっているのか」「今、どういう気持ちなのか? 何と言って欲しいのか?」「「買わなきゃ損」と言うべきか?「買えばバラ色」と言うべきか?」等々、顧客の心情を理解していなければ、売り文句(殺し文句)は作れません。
逆に、売り文句が集める顧客を決める側面もあります。
低価格を売り文句にしたら「価格」を第一に考えるお客様が集まりますし、逆に高価格・高品質が売り文句なら(なかなか単純にはいきませんが)それを求めるお客様が集まることになります。
Sailing messageによって集まる顧客が変わるわけです。
Sailing messageは2つの要素が必要です。
戦略的であることと印象的であること。
「戦略的」とは、BASiCSの他の要素とリンクしていること、「印象的」とは、受け手の頭に残るということです。
Sailing messageの必要条件 |
||
1.戦略的であること |
2.印象的であること |
|
受け手の印象 |
理解・納得→なるほど |
印象的→面白い |
構造 |
論理的・分析的 |
感覚的 |
作り方 |
積み上げる |
ひらめく |
人 |
左脳型の方が得意 |
右脳型の方が得意 |
役割 | 説得して買っていただく。後で冷静になっても「正しい買い物だった」と思っていただく。 | 注意を喚起し、衝動買いを促す。 |
(3)メッセージは戦略的に
Strengthとのリンク
Sailing message(売り文句)は、あなたの商品・サービスのStrength(強み)とリンクしている必要があります。
そうでないと、その製品カテゴリの宣伝にはなっても、あなたの商品・サービスの宣伝にはなりません。
「ゆずドリンクは体にいい! 毎日1杯「ユズC」」という広告やパッケージを作ったとして、ゆずドリンク全体の売上貢献にはなるかもしれませんが、ユズCである必然性はないので、ユズCは買わないかもしれません。
通常、シェア1位の製品が売れることになります。このSailing messageは、強みとリンクしていないからです。
「ビタミンCが多いゆずは体にいい! ユズCならビタミンCが豊富! 毎日1杯のユズC」コピーの善し悪しは別にして、これなら売り文句がユズCの強みと繋がり、ゆずドリンクの中でもユズCを選ぶ理由が明確になります。
独自性のチェック
Strengthは独自の差別化ポイントですから、あなたの商品のStrength(強み)と訴求すれば、売り文句は自然と独自なものになります。
ただ、往々にして整合性がないことがあります。
それをチェックする1つ方法として「広告の製品名を他社製品と入れ替えてみる」というのがあります。
入れ替えてみてそのまま使えるようであれば、それは強みとリンクしていない、あなたの商品だけを広告しているコピーではないということです。
Battlefieldとの関係
コンビニの棚も戦場の1つです。ユズCの隣に置かれているのがコーラだったら、「ゆずドリンクは体にいい」と差別化できるかもしれません。
しかし、隣が別のオレンジジュースやレモンジュース、他社のゆずドリンクだったら、同じ柑橘系でくくられ差別化できません。
例えば、「ユズCはゆずドリンクでビタミンC含有量1位!」であれば差別化できます。
また、「ユズCは絞りたてなので栄養たっぷり! 濃縮還元ではありません」という売り文句が他のジュースとの差別化メッセージになるのです。
左隣がコーラ、右隣が他社ゆずドリンクの場合は両方伝えることになり、少し複雑になります。
戦場とメッセージ | |||||
隣がコーラ |
隣が他社のゆずドリンク |
||||
ユズC |
コーラ |
ユズC |
他社製品 |
ユズC |
他社製品 |
健康的 |
健康的 |
俺だって! |
絞りたて! |
負けた… |
|
○ |
× |
○ |
|||
差別化できている |
差別化できていない |
差別化できている |
ジュースの場合は、このようなメッセージをパッケージやPOPで伝える事になります。
デザインで決めるのではなく、「どの棚に置かれるか? 競合は何か? 差別化ポイントは?」とBASiCSを使って戦略的に決めていく必要があります。
戦略をパッケージの表現という戦術に落とし込み、初めて戦略が効果を持つのです。
そして、このメッセージをいかに印象的に伝えるかを考えるのがデザイナーの仕事です。
Sailing message(売り文句)は、Battlefield(戦場)にある商品は何か、顧客の頭の中で競合している商品は何かによって強く影響を受けます。
繰り返しますが、BASiCSは相互に関連しているので、一貫性が必要なのです。
Customerとの繋がり
売り文句は、狙っている顧客に合ったものでなければなりません。
例えば、若い人とシニア以上の年代層とでは、使うべき言葉も違ってきます。
売り文句にターゲット顧客を含ませる手法もあります。
「体脂肪が気になる方に~」「漢字嫌いな人のための~」などで、ターゲットとしている人を引きつけるのです。
Asset、StrengthとSailing messageの繋がり
Asset(資産)は自社の中にあるものです。
それがお客様の頭の中に残り、「差別化ポイント」として記憶されます。
差別化は自社で勝手に変えられますが、最終的にはお客様の頭の中で行われるものです。
いくら「差別化されている」と言っても、お客様がそう思っていただけないと差別化にはなりません。
それには「伝わっている」ことが重要です。
資産を、強力・魅力的な売り文句を通じてお客様に伝えた結果、Strength(差別化ポイント)として伝わるのです。
このように、BASiCSの5要素は密接な関係にあり、各要素の整合性と保つためのチェックリストでもあるのです。
5つがリンクした時、強力な力となります。
(4)メッセージは印象的に
分かりやすいか?
商品のことをよく知っているマーケターと、商品をよく知らない、あるいはあまり関心がない顧客との間には、大きな情報・興味のギャップがあります。
写真以外は、キャッチコピーと小さく会社名があるだけのポスターというのは結構ありがちです。
仮にハワイ旅行の広告だとすると、「自分はハワイ旅行の代理店」と言うことを見る人には分からないというのを忘れてしまうのです。
広告の作り手は「最後に会社名があるから分かる。
まずは興味を喚起しないと広告を見ない」と反論するかもしれませんが、旅行に興味がある人でも、このような広告だけだと旅行かどうか分からないので興味が湧きにくいのです。
「情熱、わき上がる」というキャッチコピーの後に、「ハワイに行ってサーフィンしよう!」というように続かないと、何の広告か分からないのです。
3つのバイアス:選択的注意・選択的歪曲・選択的記憶
マーケティングの世界的脅威、フィリップ・コトラー教授によれば、人間が何らかの情報を認識する時は、3つのバイアスがかかります。
自分の聞きたいことしか聞かない「選択的注意」、自分の都合のいいように解釈する「選択的歪曲」、自分の憶えたいことだけ憶える「選択的記憶」です。
伝える時はこの3つを乗り越えないと、潜在顧客の頭に残りません。
●シンプルに、分かりやすく
大量の情報を伝えようとすると、3つのバイアスにより正確に伝わらないばかりか、記憶に残りません。
シンプルに、分かりやすくすることでバイアスを回避します。
●インパクトをつける
メッセージが相手の頭に残る、こびりつくためには、インパクトが必要です。
ユーモア、強烈な映像・画像などがそうです。
●お客様の興味のある情報を
人間、自分が一番大切ですから、自分にどういう影響があるのか、どんな損得があるのかに最も興味を持ちます。
「このパソコンは速い!」ならあまり興味を持ちませんが、「このパソコンなら1時間早く仕事が終わり、子どもと遊ぶ時間が増える」「このパソコンなら省電力で、電気代が1ヶ月1000円も減る」など、自分に関係のあることなら、興味が湧きます。
このようなお客様の得になること、お客様にとっての価値をマーケティング用語で「ベネフィット」と呼びます。
ベネフィットが殺し文句になる
ドリルを買う人は、ドリルではなく穴が欲しいのです。
お客様は製品そのものではなく、製品がもたらしてくれる何かが欲しいのです。
この「何か」がベネフィットです。
吉野家は牛丼を売っていますが、お客様は「おいしさ」「満腹感」「満足感」を求めて来店するのです。
売り文句で伝えるべきことは、お客様にどういう得や影響があるか、それが一番興味のあることですから、それを伝えます。
ベネフィットには大きく分けて「機能的ベネフィット」「感情的ベネフィット」の2つがあります。
機能的ベネフィットは、「はやい(提供スピード)」「安い(コストパフォーマンス)」「便利(使いやすさ・入手しやすさ)」「儲かる(使えば儲かる)」「うまい(高品質)」などの、即物的な価値です。
感情的ベネフィットは、「楽しい」「優越感・ステータス」「社会的認知」「モテる」などです。
機能的ベネフィットは物理的で、数値化しやすく、感情的ベネフィットは心理的で、数値化しにくいものです。
このどちらか、あるいは両方伝えることが売り文句(殺し文句)のポイントです。
製品と繋がっているか?
1984年に大ブームを巻き起こしたエリマキトカゲのCM、何のCMか覚えていますか?(まだ生まれていない人もいるでしょうが)答えは三菱自動車の車「ミラージュ」です。
インパクトはありましたが、何のCMか覚えてもらわなければ意味はありません。
売り文句は、商品・サービスと強く結びついている必要があります。
一言とは言うとは?
欲張って多くのことを伝えようとすればするほど、3つのバイアスの影響で印象に残らなくなります。
絞れていればいるほど、効果的で優れた売り文句です。
例えば、ロッテの「ブラックブラックガム」を「苦くて、黒い板ガムで、カフェインが入ってて、噛むことで眠気予防になって」と言っても、覚えられません。
だから「眠気スッキリ!」と一言に凝縮するのです。
色々言おうとした瞬間に、全てが伝わりにくくなるのです。
「眠気スッキリ」と一言で言えれば、「ターゲットはドライバーで、チャネル(流通経路)は高速道路の売店で」というのが芋づる式に出てきます。
逆に説明に数十秒もかかるような商品は、ここまでのBASiCSの過程が十分練られていないことになります。
ですから、売り文句が気持ちよく出てくるかというのは、BASiCSの4要素が整合性を持って練られているかというチェックにもなります。
BASiCSの例(1) ドトールとスターバックス | ||
ドトール |
スターバックス |
|
Battlefield(戦場) |
低価格コーヒーチェーン |
|
Asset(マーケティング資産) | 効率的な店舗オペレーションノウハウ | 従業員教育・高級豆の仕入先 |
Strength(強み・差別化ポイント) | 低価格・入りやすい店舗・喫煙可 | 親しみやすい従業員応対・高級感のある店舗・本格的コーヒー |
Customer(顧客ターゲット) | 普通のビジネスパーソンかたばこ休憩に | 本格的コーヒーを楽しむこだわり派 |
Sailing message(売り文句) | 200円の手軽でおいしいコーヒー | 本格的なエスプレッソ |
BASiCSの一貫性をチェック:自己紹介はスムーズか?
ドトールとスターバックス、BASiCSの上から下まで一貫性があることが分かります。
それぞれの会社の特徴が、物語のように語れるのです。
ドトールの自己紹介は、こうなります。
「私は低価格チェーンで戦っています。中年男性のお客様が多く、たばこ休憩、営業の合間などにいらっしゃいます。お客様のお小遣いは限られており、また、食後であれば既に食事にお金を使っていますから、なるべく安く、しかしおいしいコーヒーを提供したいと考えています。200円でこのおいしさと、利益を出せるノウハウ・仕組みが私たちの資産です」
対してスターバックスは、「私は低価格コーヒーチェーンで戦っています。低価格とはいえど、本格的なイタリアンコーヒーをお楽しみいただけます。その意味では、低価格コーヒーチェーン市場の中では、割と高めの価格になっております。本格的な味をお楽しみいただくため、その妨げとなる喫煙はお断りしています。お客様も、コーヒーを楽しみたいこだわりのある方が多いです。そんな方たちに気持ちよい時間を過ごしていただくため、従業員教育をしっかり行うと共に、豆の仕入れには非常にこだわっています。これだけ質の高い豆をきっちり焙煎し、全店で本格的なコーヒーを提供できる仕組みが私たちの資産です」
戦略から戦術までが一貫していない場合は、ここがぎくしゃくしてくるのです。
それは、戦略に一貫性がないことを意味します。BASiCSをまとめることは、容易ではありません。
きちんと作ろうとすると、データ収集、顧客調査など色々な作業が必要になるので、数ヶ月から半年はかかります。
BASiCSの例(2)博多上川端商店街の生き残り策
博多の大型ショッピング・アミューズメント施設「キャナルシティ」の近くに、博多上川端商店街があります。
キャナルシティは1996年4月にオープンしました。
大型商業施設ができるという知らせに、商店街は衝撃を受けました。
お客様を取られてしまうという恐怖感を抱いたのです。
そこで商店街の店主たちは共存作戦をとりました。
キャナルシティに行く通り道であることを利用して、そこへ行く若者をターゲットにしたのです。
若者向けにマリンアートの店などを開いたりしましたが、上手くいきません。
最初に考えたBASiCSに一貫性はあります。
しかし、マーケティング資産がなかったのです。
新しいもの好きな若者の目まぐるしく変わるニーズについていけなかったのです。
ご年輩の商店主が多く、若者のニーズを捉えきれなかったため、BASiCSの整合性がとれなかったのです。
強みとして、マリンアートの店などを開くのは良かったのですが、その強みを維持するマーケティング資産がかけており、若者の興味を維持し続けられませんでした。
そこで、商店街は開き直りました。
若者は諦め、自分たちと同年代である年輩向けの商売をしよう、と。
ご年輩の方が気にするのは、何より健康。
健康向けの商店街を作ろうとマリンアートなどの店を閉め、新たに梅干し屋などを開きました。
これならキャナルシティの影響はほとんど受けず、近隣の年輩者も引きつけられます。
商店街は駅から出てすぐですので、歩きの客に便利。BASiCS全体が整合性をもってきたのです。
商店街には仏具店や補聴器の店、鍼灸院などがあり、今では年配客の強い指示を受けているそうです。
博多上川端商店街のBASiCS |
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以前 |
今 |
|
Battlefield(戦場) | 若者のためのショッピングタウン | 健康ワンダーランド |
Asset(マーケティング資産) | ? | ターゲットと年齢が近い店主 |
Strength(強み・差別化ポイント) | マリンアートの店など | 梅干し専門店など |
Customer(顧客ターゲット) | キャナルシティに行く若者 | お年寄り |
Sailing message(売り文句) | キャナルシティへの楽しい近道 | 健康に若々しく暮らすための街 |
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